新聞社で政治部記者の駆け出しだった頃だから、もう半世紀近く前のことだ。「中国の対日工作」という企画で、『毛沢東と中国思想』(時事問題研究所)などの著書があり当時、中国研究の第一人者でもあった桑原寿二氏(総合研究所・中国部長)に取材した。やおら質問しようとすると、桑原氏から「まず、君に『統一戦線工作』についてどう思うかを聞きたい」と切り出された。
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予期せぬ事態に慌ててしばらく言葉が出ないでいると、桑原氏から「もう、帰れ」と一喝追い返された。中国の対日工作の柱である「統一戦線工作」について基本的な知識も持たないで聞きに来るとは何事かと思い至った。それから懸命に調べて数日後、先の非礼を詫(わ)びつつ恐る恐る再度の取材をお願いしたところ、オーケーが出た。今度はニコニコと笑顔で対応していただいた記憶がある。今から振り返っても汗顔の至りである。
それはともかく、それだけ統一戦線工作は政権が代っても中国共産党の一貫した重要戦略の柱といえる。時代が変わり、国際軍事・政治・経済環境の様相も複雑多様化した。「サラミ戦術」とか「認知戦」、さらには「戦狼(せんろう)外交」といった洗練された新たな呼称で使われるが、その大本である戦略は不変である。
統一戦線工作とは「主要敵に対抗するために、主要敵を内部分裂させたり、友好勢力を増やそうとする策略を意味する」という見方に集約される。そのためには中国のイメージを向上させ、その政策に対する支持を広げる、中国にとって不利な外国の情報を遮断するとともに相手国の社会の分断を拡大し、政治社会に混乱を生み出すというものだ。その手段として、中国のストーリーナラティブといった宣伝、プロパガンダを世界に伝えることを目的とするほか、政財官や民間の有力者、大小メディアへの広告その他の工作が行われてきたのは周知の通りだ。
そして現在はどうか。高市早苗政権発足後の中国の政治、経済、軍事的といったさまざまな対日圧力は激化している。
防衛研究所の山口信治・中国研究室主任研究官によれば、習近平国家主席(共産党総書記)は「大統一戦線」を掲げ、統一戦線工作を統一的な指揮の下で再活性化させようとしてきたとみる。「統一戦線工作を党の部門である中央統一戦線工作部のみに任せるのではなく、これを党全体の重要事項として位置付け、党の指導力強化の下で関連部門間の連携を強化するものである」(「中国の影響工作概観」2023年)
なるほど、これで合点がいく。単に党の一部署(といっても強大な権限を持つが)だけでなく党および国家全体で総合的な統一戦線工作をバージョンアップしたというわけだ。茂木敏充外相が7月の東南アジア諸国連合(ASEAN)関連外相会議で中国の王毅外相と短時間、言葉を交わしたが、中国側は一切「接触」すらなかったと神経質なまでに否定するなど、徹底した対日姿勢もその一環だろう。
ここまで露骨な高市政権「相手にせず」といった対応は、同時に日本国内における「反高市」勢力へのいわば後押しという側面を持つ。特に先の高市首相の「台湾有事」答弁では左翼リベラル勢力からの批判はともかく、一部の保守派や外交官出身のいわゆる職業的「リアリスト」からも評価が芳しくなかった。ある防衛相経験者は会合で、岡田克也氏の執拗(しつよう)な質問に「(首相は)うっかり乗ってしまったんですね」とにべもなかった。つまり、こうしたセンシティブな問題ではひたすら耐えて従来の答弁を繰り返すのが刺激を与えず順当な対応だったというのだ。
果たしてそうか。冷静さ、慎重さは必要だ。が、国家としての意思は、時に毅然たるメッセージは発信していかねばならない。これまでいわば〝逃げ〟の姿勢が中国の「サラミ戦術」による既成事実化を容認する結果につながったのではないか。
こうした高市首相の従来の「永田町」あるいは「霞が関」の常識とは違ったカラーは、今回の消費税減税の決断にも表れている。関連して財務省本丸にもメスを入れた人事は驚きを持って受け止められたが、公約実行を何としても最優先する姿勢に反発する一部自民党内ベテラン議員などはもちろん、日本経済新聞はじめ既成マスコミまで激しい反対論を打ち出した。
しかし、片山さつき財務相が強調するように、むしろ消費税は上がっても下がることはあり得ないといった税制の硬直さから脱却していく大きな転機と捉えるなど柔軟な税制改革へ不退転の決意を示したものだろう。もちろん純粋に政策論の立場からの首相批判や不満、さらには官邸と与党との意思疎通の問題はある。とはいえ中国にとってそうした党内や既成マスメディアの状況がまさに統一戦線工作の格好の「標的」となっているともいえるのではないか。
(黒木正博)







