「敗戦」に終わった1945年8月15日の終戦の日。この結果を招来せしめた先の大戦の開戦を前に、日本中から当代のエリートたちが政府肝煎りの「総力戦研究所」という組織に集められる。そこで戦争の見通しについてどういう結論を下したか。
映画「開戦前夜」を観(み)た。官僚、軍、民間から選(え)りすぐられた次世代の担い手たちが自由闊達(かったつ)な議論を展開。最終的に「日本の圧倒的な敗北」という衝撃的なシナリオを出した。そうした的確な分析結果を結局一蹴した軍上層部とのギャップ、相克が見どころではあった。
「後出しじゃんけん」ではないが、史実からすればこの若手エリートたちの「結論」に分がある。が、それでも単純に戦争回避とならなかったところが、この映画の描きどころでもあったろう。
全体を通して世代間ギャップという側面も浮き彫りになる。模擬内閣のメンバーに扮(ふん)した彼らが述べる議論は、会社などの企画会議で聞くプレゼンテーションを思わせる。首相に就任した東条英機が開戦を巡り、軍部と天皇との間で苦悩する場面もある。
当時、日米の国力比が圧倒的に日本不利という状況は政府・軍上層部でもある程度共有されていた。だが、開戦に踏み切らざるを得なかった。その「空気」とは何だったのか。
連合国軍最高司令官のマッカーサーは退役後、米議会で「日本はほぼ全資源の供給を断たれた。それゆえ戦争突入は、主に安全保障の必要に迫られてのことだった」と証言した。その証言は今なお重い。







