
これまで、「信仰と宗教」「神道と仏教」について考察してきましたが、今回はその関係性について考えてみたいと思います。
日本人は昔から、山や川、海、森、大きな岩、太陽や月など、自然の中に目に見えない力を感じてきました。そして、自分たちは自然の力だけでなく、祖先や地域の人々、多くの命に支えられて生きていると考えてきました。このような、自然や祖先に手を合わせ、感謝する心が、日本の信仰の原点です。
この日本固有の民族信仰である神道には、具体的な教えや経典がありませんでした。以前に信仰は「心」と申しましたが、その「心(感謝や祈りの気持ち)」を表す形があっただけでした。そこに、仏教が約1500年前に日本へ伝わりました。仏教には、経典があり、苦しみの原因や、よりよく生きるための道が説かれていました。人はなぜ悩むのか。怒りや欲望と、どのように向き合えばよいのか。日本人が畏(おそ)れ、忌み嫌っていた老いや病、死をどう受け止めればよいのかについての答えもありました。

■神々を否定しない仏教
天皇に認められ保護された仏教は、日本古来の神々を否定しませんでした。日本人は、古くから信じてきた八百万(やおよろず)の神々と仏教の多くの仏(如来(にょらい)・菩薩(ぼさつ)・明王(みょうおう)・天部(てんぶ))を結び付けました。八百万の神は仏が日本人を救うために仮に現れた権現(ごんげん)であるという思想(本地垂迹(ほんじすいじゃく))が広がりました。
神と仏が一体になった熊野権現、金比羅(こんぴら)権現、春日権現などのほか、有名なところでは東照(とうしょう)大権現があります。松尾大明神、稲荷大明神、諏訪(すわ)大明神、他にも八幡(はちまん)大菩薩や祇園感神院(ぎおんかんしんいん)(現・八坂神社)の牛頭(ごず)天王(てんのう)などがあります。神仏習合は、神道の「感謝する心と形」である信仰に仏教の「生き方を学ぶ教え」が結び付いた、日本人の大切な智慧(ちえ)です。
神社のそばに神宮寺が建てられ、寺には鎮守の神が祀(まつ)られました。神社では僧侶が読経し、寺では神々に祈りを捧(ささ)げることも珍しくなかったのです。春日大社と興福寺、日吉大社と延暦寺などのように、神社と寺は別々の宗教施設ではなく、一つの聖地を共に支えていました。その中で、古(いにしえ)の日本人にとっては、神も仏も同じ貴いものでした。これが日本独自の「神仏習合」です。
この神道という信仰と仏教という宗教が、一緒になって日本人の思想を熟成させた「神仏習合」の構造は、世界でもとても珍しいことだと私は考えています。キリスト教やイスラム教などの一神教では、唯一の神を信じ、その神との契約や教えを大切にします。そのため、信仰と宗教が一体であり、不可分です。一神教にとって信仰の対象は一つしかなく絶対なのです。
それに対して日本では、神への信仰と、仏教という宗教が、重なりながら絶妙に機能していました。神道には八百万の神という考え方があり、さまざまな神々の存在を認めます。仏教にも多くの仏や菩薩が登場し、人を救う道も一つだけとは限りません。そのため、神道と仏教は、「自分だけが正しく、ほかは間違いだ」と相手を排除する関係ではありませんでした。
日本人は、絶対的な天地自然の力にひざまずき、人間の無常や自分の境涯や宿命を受け入れ、いろいろな神や仏に救いを求め、祈願を行ってきたのです。この絶妙な曖昧さは、日本人の多様性や寛容さや思いやり、そして謙虚さにもつながったと信じています。
■切り離された神と仏
しかし、明治時代になると、政府は神道と仏教を分ける政策を進めました。それまで1000年以上にわたって共に歩んできた神と仏は、明治政府の宗教政策によって徹底的に切り離されました。結果的に神社から僧侶は消え、仏教的なものがなくなりました。神社は神社、寺は寺と完全にすみ分けられたのです。
その後、仏教は本来の宗教としての役割を疎(おろそ)かにしてビジネス的な側面が批判されるようになりました(第5回参照)。一方、神社は穢(けが)れを浄(きよ)め祓(はら)う場所として、神慮(しんりょ)を慰める聖域として今でも日々動いています。また初詣、七五三、合格祈願、厄除(よ)け、地域のお祭りなどを通じて、多くの人にとって身近で開かれた場所になっています。人々は神社に行くと、自然に頭を下げ、手を合わせ、感謝や願いを伝えます。そこには、日本人が古くから受け継いできた素直な信仰心が、今も生きています。
■寺子屋の必要性
だからこそ、これからの日本においては、明治時代に分離してしまった神道と仏教が再び一緒に日本の信仰と宗教を支えるべきだと考えます。もちろん、現代日本には仏教以外の多くの宗教が存在します。神社という開かれた信仰の場で、神道の心、仏教の教え、儒学の知恵、さらには世界の宗教や人生の学びを分かりやすく伝える「現代の寺子屋」があってもよいと思います。神社で感謝を学び、仏教や世界の宗教から生き方を学び、儒学から人としての礼儀や社会の責任を学び、さらに世界の哲学からも異なる考え方を学べば、どれだけ心の成長が見込めるでしょうか。きっと素晴らしい人間性を持つ日本人がたくさん育つと思います。
プロフィール
藤 宗現(ふじ・そうげん)
本名・藤重太。「宗現」は茶道の宗号。1967年、東京都生まれ、千葉県育ち。成田山(真言宗)が運営する成田高校を卒業。18歳で単身台湾に留学、国立台湾大学を卒業。現在は日本と台湾の交流アドバイザーなど顧問業を生業とする。台湾留学や日本語講師を経て、日本人としての自覚を強め、古き良き日本を探究中。35歳で仏門に帰依し、仏教を本格的に教わる。その後、「仏教だけでは日本の本質は理解できない」と考え、神道や儒学の研究も始める。「神さま 仏さま お陰さま」の神仏習合の精神を掲げ、日本の国史(主に思想史)、そして本来あった日本の信仰心や宗教心についての勉強会や講演活動などを行っている。








