トップコラム台湾沖航空戦「大誤報」の教訓【上昇気流】

台湾沖航空戦「大誤報」の教訓【上昇気流】

 阿川弘之の『雲の墓標』(1956年)は、特攻隊員となった学徒兵の心の葛藤を描いた名作だ。特攻で戦死した京都大学出身の吉井巌の「宇佐空日記」などを基にしている。10月17日に次のような件(くだり)がある

アメリカ空母に魚雷を投射した後、超低空で避退する艦上攻撃機天山。1944年10月14日、空母エセックス(CV-9)艦上より撮影(Wikipediaより)
アメリカ空母に魚雷を投射した後、超低空で避退する艦上攻撃機天山。1944年10月14日、空母エセックス(CV-9)艦上より撮影(Wikipediaより)

 「台湾沖航空戦の戦果が、相次いで入って来る。まことにめざましいものだ。航空母艦十一隻撃沈、三隻撃破。戦艦二隻…合計撃沈四十余隻。新聞にも神機到来たるとあり、其の言葉も素直に受けとれる。よくやってくれた」

 吉井と同じように国民はこの大戦果に狂喜し、昭和天皇からは戦果を賞する勅語が出された。しかし実際は米空母は一隻も撃沈されておらず、重巡洋艦2隻の大破だけだった。日本側の惨敗で、ほぼ正確なのは日本軍の未帰還機325機だった

 大誤報の原因は、初陣の未熟な搭乗兵の報告が曖昧で、それを上層部が過大に解釈したためだった。疑問を抱いた海軍軍令部が再検討した結果、幻の大戦果であることに気が付いた。しかし、これを陸軍に伝えなかったため、フィリピンのレイテ島での無謀な作戦に突入し、さらに大きな損害を出すことになる

 当時の日本の国力から見て無謀な戦争だったというだけではあまり意味がない。日本の敗因を検証すると、陸軍と海軍の対立など組織的な問題と共に情報軽視の体質が浮かび上がってくる

 情報に関しては、獲得することと守ることの両面がある。政府は今後インテリジェンス(情報収集・分析)に力を入れるとしている。十分な体制を整備してほしい。

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