トップコラム戦死者に助けられる【上昇気流】

戦死者に助けられる【上昇気流】

 終戦の日がまた巡ってくる。慰霊はいつでもいいはずだが、やはりこの時期が思いも強くなる。先の戦争の語り部として印象深い一人に、すでに鬼籍に入っているが、5代目春風亭柳昇を挙げたい。

 柳昇のとぼけた人情味ある落語は、今でも多くの人を魅了する。話の冒頭で「私は春風亭柳昇と申しまして、大きなことを言うようですが、今や春風亭柳昇と言えばわが国では(と間をおいて)私一人でして」と笑いをとるのが定番だった。

 その著書『与太郎戦記』は、柳昇が陸軍に召集され中国大陸を転戦した頃を中心に、凄惨(せいさん)な戦闘の中でも命懸けだがおかしくもある一兵卒の情感を綴(つづ)った。映画にもなった名著だ。

 こんな体験が載っている。終戦間近、台湾から香港へ4隻で航行中、米潜水艦の魚雷攻撃を受け、僚艦2隻が沈没した。その生存者救助の際のことだ。

 死んだと思われる1人がイカダに引っかかっていた。それでも甲板へ駆け下り助け上げようとした際、艦が急に傾き自らも海に転落。装備や身体の重みで沈む中、辛くも誰かにつかまることができ、助かったという。柳昇曰く「私の命の恩人を見たら、それは私が引き上げようとしていた戦死者だった」。

 「生きている私が戦死者に助けられたのだから面目ない」と述懐しているが、これは偶然とは思えない。死んでいてもなお助けようとした思いがその戦死者にも伝わったのか。人間の情とつながりは戦争という悲惨な中にも生まれるのだろう。

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