トップコラムいにしえの日本を考える(5) 現代の日本仏教 ビジネスから本来の姿へ

いにしえの日本を考える(5) 現代の日本仏教 ビジネスから本来の姿へ

 「神道は現在、制度上は宗教と定義されています。しかし、古来神道は日本固有の民族信仰と考えた方が私はしっくりきます」と、書かせていただきました。今回は「仏教は宗教なのか」を考える前に「現代の日本の仏教」について考えたいと思います。

 仏教は、約1500年にわたって日本人の心や生活に深く関わってきました。人はなぜ生きるのか、死とは何か、苦しみとどう向き合えばよいのか。こうした大切な問いに向き合ってきたのが仏教です。その意味で、仏教そのものの価値は、昔も今も大きく変わっていません。変わったのは、仏教の教えではなく、僧侶やお寺が社会の中で果たす役割の方だと言えるでしょう。

■寺請制度で変わった仏教

 鎌倉時代には、法然、親鸞、道元、日蓮、一遍など、多くの高僧が現れました。彼らは、難しい仏教を天皇や貴族だけのものにせず、武士や商人、農民、女性や貧しい人々にも分かる言葉で伝えようとしました。今の時代に例えるなら、僧侶は〝ユーチューバー〟のような存在だったとも言えます。人気僧侶は、全国から人々がありがたい話を聞きに来るような存在だったのです。単なる人気者ではありません。人々の悩みに答え、正しい生き方を示し、心の支えとなる存在でした。

 ところが江戸時代になると、仏教寺院の役割は大きく変わっていきます。江戸幕府は、キリスト教を取り締まるため、人々をどこかのお寺に所属させる「寺請(てらうけ)制度」を整えました。人々は寺の檀家(だんか)となり、お寺はその人がキリシタンではないことを証明する役割を持ちました。この制度によって、お寺は信仰の場であると同時に、檀家を管理する役所のような存在になりました。先祖をたどる「過去帳」が残っているのはこのおかげでもあります。

 しかし、多くの寺では説法や説教をして人々を教え導くよりも、檀家の葬式や法事をすることが中心になってきました。いわゆる葬式仏教の始まりです。もちろん、先祖を大切にし、亡くなった人を供養することで、仏教の教えは語り継がれていきますが、鎌倉時代のような熱狂的仏教ブームは去り、逆に平和な江戸時代には「仏教不要論」が儒学者や国学者の間で論じられるようになりました。

一般的な仏式葬儀
一般的な仏式葬儀

■明治に寺が権威喪失

 明治時代になると、神仏分離令や廃仏毀釈(きしゃく)運動によって、長く続いてきた神と仏の結び付きも大きく壊されました。神社から仏像や仏塔が消え、仏教的なものが神社からなくなりました。さらに、明治政府は二度にわたり「上地(あげち)令」を出し、寺社が保有していた広大な領地(朱印地・黒印地)を強制的に没収しました。寺院は宗教活動に不可欠な「境内」のみを残すだけとなり、多くの寺院が経済的な基盤を失いました。明治以降、神道は国家に保護され、仏教寺院は経済的破綻、文化財の散逸や破壊、権威の失墜という致命的な大打撃を受けました。江戸時代末期に9万あったお寺の半分が、神社に吸収されたり、神社になったり、消滅・廃寺に追い込まれたとも言われています。

 そんな逆境にもかかわらず日本から仏教はなくなりませんでした。しかし、現代の仏教はどうでしょうか? 残念ながら、多くの僧侶は釈迦が説いた人間の本性と人生の苦しみの真相を証し、真の安らぎ(安心(あんじん))を得るための教えを人々に広めることを忘れているような気がします。そして、お寺は本来、仏教の教えを聞くための場として存在していたはずです。しかし、歴史ある立派なお寺の多くは入館料を取り、建物や庭を見せるだけの観光寺院になっています。しかも、説法や説教はしていませんし、お坊さんの姿を見ることもない寺院さえあります。

■ビジネス化した現代仏教

 観光寺院ではないお寺の中には、「檀家様以外、立ち入り禁止」と檀家だけを相手にして、世間と断絶を表明している所もあります。もちろん、今でも本来のお寺の役割を果たしている素晴らしい寺院があることは知っています。しかし、一般的に僧侶や寺側が変わっていかないと「葬式仏教」「観光寺院」「拝金主義」「生臭坊主」といった印象は払拭できないと思います。

 「仏教」は立派な世界宗教の一つです。しかし、残念ながら現代の日本仏教の僧侶と寺の在り方は、「宗教」というより「ビジネス」と言われても仕方がないところが多いと思います。こんな現代で、私がいくら日本の本来の宗教は「仏教」ですと言っても、皆さんから鼻で笑われるだけでしょう。しかし、仏教自体は一つも変わってはいません。ぜひ、日本仏教界は釈迦の原点に立ち返ってもらいたいものです。

 飛鳥時代に公伝した仏教は、聖徳太子によって花開きました。太子が推古天皇に3日間にわたり御前講義(進講)した「大乗仏教の真髄」と各宗派の開祖上人方の説いた「日本仏教」の八万四千(はちまんしせん)の法門を再度、日本国民に広く知らしめることができれば、どんなに素晴らしいことかと期待しています。そして、神道と仏教と儒学の調和を取り戻すことができれば、将来に対応できる強さを取り戻し、古き良き日本を再興できると信じています。

プロフィール                                                        藤 宗現(ふじ・そうげん)

本名・藤重太。「宗現」は茶道の宗号。1967年、東京都生まれ、千葉県育ち。成田山(真言宗)が運営する成田高校を卒業。18歳で単身台湾に留学、国立台湾大学を卒業。現在は日本と台湾の交流アドバイザーなど顧問業を生業とする。台湾留学や日本語講師を経て、日本人としての自覚を強め、古き良き日本を探究中。35歳で仏門に帰依し、仏教を本格的に教わる。その後、「仏教だけでは日本の本質は理解できない」と考え、神道や儒学の研究も始める。「神さま 仏さま お陰さま」の神仏習合の精神を掲げ、日本の国史(主に思想史)、そして本来あった日本の信仰心や宗教心についての勉強会や講演活動などを行っている。 

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