鎌倉幕府の実力者で2代執権だった北条義時は「世の中をあれこれ動かしては見るが、そのあげくこれが私のものだというかたちあるものは何ひとつ手の中に残らない」と述べた。戯曲の一節を引用したものだが、確かに幕府を開いた源頼朝であれ義時であれ、政治的人間は「これが私のもの」という「歴史的遺産」を残すことは難しい

だが、フィクションであったとしても、義時の気持ちには一定の共感を覚える。義時の兄貴分である頼朝も事情は同じだ。「歴史的遺産が欲しい」という気持ちを抱く政治的人間(歴史的存在)がいても不思議はない
歴史家が裁くわけではない。頼朝も義時も歴史が裁く。正義が勝つわけではなく、結果としてたまたま勝利した者が歴史によって正義と見なされるだけのことだ。その正義も永遠であるはずはなく、歴史の流れのいたずらで、いずれは否定される運命になるのが大方だ
「裏切りは成功しない」と言われる。成功した者は「裏切り者」とは言わない。明智光秀は主君の織田信長を自害に追い込んだが、本能寺の変の直後に殺害されたから裏切り者と呼ばれる
関ケ原の敗者である石田三成も、負けた以上は「悪人」と見なされる。三成は、徳川家康によって悪人との評価が下された。関ケ原で三成に味方した人間も少なからず残っていたが、沈黙するしかなかった
彼らがどこでどう生きようと、生きているうちに歴史が変わるとは限らない。歴史はしばしば過酷だ。






