トップコラム給食の脱脂粉乳【上昇気流】

給食の脱脂粉乳【上昇気流】

 脱脂粉乳が出る学校給食は今時ないだろうが、この飲み物を巡るあれこれは、昭和30年代前半ごろは確かにあった。小学生の時、どうしても脱脂粉乳が飲めないという児童(女子)から「飲んでほしい」と頼まれたことが何度かあった

 気流子は「おいしくはないが、嫌いではない」という立場だったので、女子2人に限定して脱脂粉乳を余計に飲んだ。自分の分も含めて、3人分飲んだことになる

 そもそも、給食自体が楽しみだった。両親は田舎出身だったので、家では和食風の食べ物が普通。逆に、給食は脱脂粉乳も含めておおむね洋風に思えた

 その一方で「給食は残してはいけない」というのが当時のルールだった。担任は年配の怖い女性教師だったが、自分の給食はどうしていたのだろう。教室にいて普通に食べていたのか、職員室で食べていたのか、そこは覚えていない。ただ、教室を回って、児童がちゃんと給食を食べているのかどうかを見張っているということは一度もなかった

 同級生は同級生で、気流子が女子2人から脱脂粉乳をもらっているのは分かるはずだが、「給食は絶対に残してはいけない」などとは言わなかった

 脱脂粉乳は、占領軍や国連児童基金(ユニセフ)が戦後の日本へ支援した食料だ。おいしくはないとしても、栄養面では大きな貢献を果たしたことは確かだ。「給食は残してはいけない」というルールは「本音と建前」の使い分けだったのかもしれないと今は考えている。

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