
これまで「信仰」と「宗教」の違い、そして「日本のカミから神への変遷」について考えてみました。そこで今回は「日本人の神への思いは信仰か宗教か」「神道は宗教なのか」について考察します。
■神社は宗教法人
現在、私たちの身の回りにある神道においては、神社や鳥居があり、神職が祝詞(のりと)を上げ、祭りや初詣、七五三、地鎮祭、厄除(よ)けなどが行われています。文化庁の『宗教年鑑』でも神道系は宗教団体として整理されています。戦後の昭和21(1946)年に設立された神社本庁をはじめとする多くの神社は「宗教法人」として扱われています。法律上、制度上、また比較宗教学の立場から見れば、神道は宗教だと言えます。
現代の「神社神道」は宗教として定義されています。前回で解説した、古代の「カミ」に対する自然崇拝や祖先崇拝から天皇の神祇(じんぎ)祭祀(さいし)、そして1000年以上続いた神仏習合などの広い意味での「神道」を宗教として考えるべきかについては、あえて考察を加えるべきだと考えています。
神道は、世界の宗教分類では「日本の民族宗教」と分類されています。しかし、我々の神道はきわめて独特です。國學院大學の資料でも、神道は仏教・キリスト教・イスラム教のような創唱宗教(開祖や教祖によって提唱・創始された宗教)とは異なり、明確な教祖・教義・教典を伴わずに始まったと説明されています。神社本庁自身も、神社神道には他宗教のような戒律に当たるものはないと述べています。具体的に言えば、神道には、キリスト教の洗礼のような「特定の入信儀式」や「厳格な誓いの義務」はありません。つまり神道は、近代的な意味での宗教の定義には当てはまらないのです。

■神道は民族信仰
そして日本の思想史、宗教史を考える時に外せないのが「神道」と「仏教」と「儒学」です。その関係性を考える時、「神道」は「信仰」、「仏教」は「宗教」、「儒学」は「知恵」と捉えると、とてもしっくりくるのです。「仏教」には、信仰体系も哲学的体系もありますが、純然たる世界宗教です。私は個人的に、「神道」を「仏教」と同じ「宗教」と扱うことに抵抗を覚えています。古代から続くカミへの畏敬の念や日本人固有のスピリチュアル的感覚から神話の神々への尊敬感謝の念を「日本の民族信仰」として考えたいのです。
著名な評論家で作家の先生が、テレビで「神道の歴史は1万7000年」「日本人は生まれた瞬間から神道徒」と極端な表現をされましたが、神道を「古代から日本人が無意識に持つ民族信仰」と考えると合点がいきます。
海外の一神教は、「宗教=信仰」となります。キリスト教徒の信仰の対象は「三位一体の創造主」とされています。イスラム教徒の信仰の対象は「唯一神アッラー」です。それ以外を信仰することは原則許されていません。しかし、多神教である「神道」は何を信じても良いのです。よって、日本人は、仏教もキリスト教も受け入れてきました。政治的に篤(あつ)く信仰され保護されたり、政治的に危険視されて迫害を受けたりしましたが、民衆は、なんでもかんでも「神様、仏様、お天道(てんと)様、ありがたや」と手を合わせてきたのです。
「神道は宗教ですか」と聞かれたら、私は次のように答えるのが一番正確だと思います。
「制度上は、神道は宗教です。しかし、その本質は、日本人の自然崇拝、祖先崇拝、土地信仰、共同体祭祀を土台とする民族信仰です。神道は、誰か一人の教祖が作った宗教ではなく、日本人が長い歴史の中で、山や川や海、太陽や稲、ご先祖さまや土地のカミに手を合わせ、『おかげさま』と感謝しながら育ててきた信仰です。その信仰が、近代に神社、祭り、祝詞、神職、氏子制度として形を整えた時、宗教としての姿を持つようになりました」
■根っこにある神道
昔の日本の思想体系を私の独断と偏見で一本の大樹として整理してみると、民族信仰としての「神道」が根っことなり、その宗教観、教義、理論、道徳、人間観を「仏教」が補い太い幹を形成し、そこに日本人社会の秩序や規範や知恵として「儒学」が枝葉として存在し、見事な「和」の花を咲かせていたと思っています。神道は「日本人としての自覚と感謝」、仏教は「人間としての生き方」、儒学は「社会の秩序」をそれぞれ形成していたのです。
残念ながら「神道」は明治時代の国教化などでその形が大きく変わり、「仏教」が日本宗教の根幹として担っていた役割は過去のことになってしまいました。しかし、「民族信仰としての広義の神道」と「人間の在り方生き方を教えてきた仏教」そして「日本社会の秩序を作ってきた儒学」を学ぶことで、私たちが忘れてしまった「信仰心」や「宗教観」そして「日本人としての道徳」を思い出すことができると考えています。
プロフィール 藤 宗現(ふじ・そうげん)
本名・藤重太。「宗現」は茶道の宗号。1967年、東京都生まれ、千葉県育ち。成田山(真言宗)が運営する成田高校を卒業。18歳で単身台湾に留学、国立台湾大学を卒業。現在は日本と台湾の交流アドバイザーなど顧問業を生業とする。台湾留学や日本語講師を経て、日本人としての自覚を強め、古き良き日本を探究中。35歳で仏門に帰依し、仏教を本格的に教わる。その後、「仏教だけでは日本の本質は理解できない」と考え、神道や儒学の研究も始める。「神さま 仏さま お陰さま」の神仏習合の精神を掲げ、日本の国史(主に思想史)、そして本来あった日本の信仰心や宗教心についての勉強会や講演活動などを行っている。







