エスカレーターに乗る際の暗黙のルールがある。関東は左立ち、関西は右立ち。ある日、京都駅のエスカレーターで左に立った。関東人のクセみたいなものだった。すると、2、3段上の右に立っていた男性が、なぜかわざわざ左側へ移動してきた。「あれ!?」と思った
ある哲学者の書いたエッセーによれば「エスカレーターの左右の立ち方には何の根拠もなく起源も不明」とのことだった
哲学者によれば「経済の起源も分からない」という。狩猟採集の時代にも経済はあった。働けない高齢者がいるし、赤ちゃんもいて、誰かが食物をどこかから持ってこないと死んでしまう場合がある。いつの間にか経済が発生していたと考えるしかない
ただ、鳥がヒナにエサを与えるのを経済とは言わない。経済は人間特有のものなのだろう。政治は、経済よりよほど遅れて生まれたと思われる。無論、文字などない時代だから、どんな言語でコミュニケーションを取っていたかは分からない。が、言語があってその後に文字が生まれたことだけは確かだ
エジプトであれ中国であれ、文字が生まれたのは、人間の記憶する情報量が増えたためだ。「記憶から記録へ」の大変化だ。文字があれば、物事の起源を比較的はっきりと特定できる
日本の場合、稗田(ひえだの)阿礼(あれ)(生没年不明/女性との説も)が記憶していた情報を文字化することで『古事記』(712年)が生まれた。『古事記』成立前の記憶に頼っていた期間はかなり長かったのだろう。






