トップ国際アジア・オセアニアタイ・カンボジア紛争から1年 したたかな両国の指導者、ナショナリズムの高揚図る

タイ・カンボジア紛争から1年 したたかな両国の指導者、ナショナリズムの高揚図る

<<2025年10月、トランプ米大統領が仲介した停戦合意の署名式に臨むタイのアヌティン首相(写真左)とカンボジアのフン・マネット首相>>マレーシアの首都クアラルンプール(AFP時事)

昨年起きたタイとカンボジアの武力衝突の山場から今月下旬で1年を迎える。隣国との国境紛争はナショナリズムを高揚させ、両国の政治状況を大きく変えた。タイは2月の総選挙で対カンボジア強硬派のアヌティン首相が足場を固め、カンボジアはフン・セン前首相の一族支配の引き締め強化を図る。ナショナリズムを積極的に政治変革のカードとして活用した、両国の政治家のしたたかさが浮き彫りになる。(池永達夫)

電話暴露で失職に

武力衝突時、タイ首相を務めていたタクシン元首相の娘のペートンタン氏は首相の座を追われ、2月8日の総選挙では現首相であるアヌティン氏率いるタイ誇り党が議席を3倍近く伸ばし第1党に躍り出た。アヌティン旋風を巻き起こしたのは、隣国との紛争で強硬姿勢を取り続け国民のナショナリズムを煽(あお)ったことによる。これでアヌティン氏は、連立を組むタクシン氏率いるタイ貢献党の風下から風上に立つことになった。

一方、カンボジアはタイとの軍事衝突で、80万人の避難民を出し、死者は計150人に上るという大きな犠牲を強いられた。しかし、カンボジアは軍事力を伴う外圧に動揺することなく、それを逆手に取って国内の一族支配強化に利用した。

タイとの関係を大きく変えたのは、フン・セン氏による異例の暴露だった。

フン・セン氏は昨年6月、タイのペートンタン首相(当時)からの電話をSNSで明かした。ペートンタン氏は父のタクシン氏と盟友関係にあるフン・セン氏を「おじさん」と呼び、自国の現地司令官を「敵対勢力」と見なした上で「欲しいものがあれば私に言って」と媚(こ)びを売るような発言をしていた。

結局、この電話暴露でペートンタン氏は憲法裁判所から職務停止を命じられ後日、失職の憂き目に遭う。

そもそもフン・セン氏とタクシン氏は30年来、友情を育んできた盟友だ。

フン・セン氏は2009年、国外逃亡中のタクシン氏を経済顧問に招いている。さらに14年のクーデターで政権を追われたタクシン氏の妹のインラック元首相に対し、パスポートを用意しただけでなく脱出経路も準備し国外逃亡を手助けしている。また昨年、マレーシアのアンワル首相に請われ、タクシン氏とフン・セン氏は両者そろって東南アジア諸国連合(ASEAN)議長の非公式顧問に就いてもいる。

野党標的の法改正

フン・セン氏はなぜ、長年培ってきた盟友との絆を断ち切るような行為をあえてしたのか。今から思えばフン・セン氏は、脇の甘いペートンタン氏を見切ったもようだ。軍を抑えきれないペートンタン氏とでは、タクシン氏と始めようとしていたタイ湾にある国境未確定地の天然ガス・原油共同開発は前に進むはずはないと政治家としての勘が働いたのだろう。

結局、タクシン氏を見切ったフン・セン氏は、国内の政治基盤強化に動く。フン・セン氏が提案した国籍法改正は昨年8月、国民議会で可決された。フン・セン氏の狙いは政敵抹殺にある。

従来の国籍法(旧33条)では、「クメール市民は国籍を剥奪されない」と保護規定を定めている。国籍法改正ではこれを撤廃した。国籍剥奪のターゲットとなるのは、在外野党関係者や人権活動家だ。彼らにとって国籍剥奪は事実上、永久追放を意味し、無国籍化の危機に直面する者も出てくる。また国内の人民党であれ野党政治家であれ、フン・セン氏の一族支配に異を唱えれば、標的になって選挙権・被選挙権を奪われ、政治生命を絶たれかねない。

カンボジアにおける国籍法改正は、「司法の武器化」を意味する。最大野党救国党の元議員リム・キムヤ氏は昨年1月、バンコクで暗殺された。在外野党にとっては、物理的越境弾圧と国籍剥奪という二重のリスクにさらされることになる。

いずれにしても息子のフン・マネット氏を首相にして院政を敷くフン・セン氏は、一族支配の政治基盤強化に動いた。フン・セン氏が見据えているのは来年の地方選挙であり、2年後の総選挙だ。

なお中東情勢悪化でエネルギー危機が続く中、領土不確定のタイ湾の天然ガス・原油採掘に期待を寄せるカンボジア政府は、国連海洋法条約に基づく強制調停を求めている。東南アジアでは東ティモールと豪州との間で紛争が解決した実績があるが、これが奏効すれば第2例となる見込みだ。

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