
古今東西を問わず、一国の最高権力者は孤独と言われる。それは独裁者、専制君主であってもそうらしい。政権発足後高い水準で支持率を維持する高市早苗首相も「中傷動画」疑惑で連日攻撃され、さすがに顔に疲労感も見える。
首相の住まいである公邸の主(あるじ)は高市首相の前はすべて男性だった。五・一五事件、二・二六事件の歴史を持ち出すまでもなく、その怨念が渦巻くだけに並の神経では持たないだろう。
中国に対して一歩も引かない外交や武器禁輸撤廃、国家情報局創設、さらには憲法改正にも従来にない積極姿勢を示す「勝ち気」な高市首相においてをやである。ここをどう乗り切るのか、宰相としての資質が問われる。
圧倒的多数を誇る衆院であっても、逆に多くの非・反高市派である“獅子身中の虫”を抱えるという皮肉にもなる。いまだ少数の参院と合わせ、内実は必ずしも政権が盤石とは言えない。ここを突破できる剛腕あるいは調整の手腕を持つ指南役、懐刀が必須となる。
近年では中曽根康弘首相の時の後藤田正晴官房長官、安倍晋三首相の時の菅義偉官房長官(後の首相)しかり。数々の政権交代に絡む政局を生み出した公邸、そして永田町に潜む“妖怪”も初の女性宰相には勝手が違うのかもしれない。
確かに公邸では、元衆院議員で夫の山本拓氏が逆“内助の功”で宰相を支える。一方、現実の政治では自分で処理を急ぐのではなく、信頼して任せることも時に必要になる。孤独もまた「政治」なのだろう。






