トップコラム最後に自由を得た鴎外【上昇気流】

最後に自由を得た鴎外【上昇気流】

 森鴎外は明治の文豪で、今も根強いファンがいる。医師でもあった鴎外は、細菌学を学んだためか、果物を生で食べることができずに煮て食べたという。極端な潔癖症だが、食だけでなく、文字や言葉にもやかましかった。誤字が見つかれば口うるさかった。その辺りの厳格さは異常だった。文壇で論争することも多く、坪内逍遥との「没理想論争」は有名だ

森鴎外像
森鴎外像

 役所の昼飯用に2個の握り飯を持参した。同僚は「よほどの倹約家だ」と思ったが、よく見ると豪勢な握り飯だった。以上は嵐山光三郎(2025年没)の著書『文人悪食』に出てくるエピソードだ

 やがてその鴎外も、死の3日前、親友に遺書を口述することとなった。有名な遺書だが、「森林太郎トシテ死セント欲ス」「墓ハ森林太郎墓ノ外一字モホル可ラス」などの文言が見られる

 「人間にとって死は、全てを打ち切る重大事件なのだから、国家権力といえども余計な扱いはすべきではない」というのが、鴎外らしい最後の言い分だった

 何かと世話になった山県有朋も、鴎外の死の半年前に亡くなっている。鴎外は山県のことを気にする必要もなく、全くのびのびとした境地で、自身の墓への希望を述べている

 実生活の堅苦しさも、厄介な国家への奉仕の息苦しさもこの際ばかりは関係ない。最後の最後に、やっと自由を満喫しているかのようだ。いささか回りくどい遺書には違いないが、自由の感覚と清々しい心境が伝わってくる。

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