トップコラム会津の向羽黒山城【上昇気流】

会津の向羽黒山城【上昇気流】

 今は小学校の修学旅行のシーズンらしい。福島県の会津地方を旅していたら、芦ノ牧温泉のホテルで二つの小学6年生の団体に出会った。一つは宮城県仙台市の小学校で、もう一つは新潟県新潟市の小学校だった

 歴史を振り返って、なるほどと合点した。天正17(1589)年、仙台の伊達政宗が蘆名氏と戦って破り、この地を翌年まで統治。次の蒲生氏の時代を経て、慶長3(1598)年に新潟から国替えとなった上杉景勝が3年間統治した

 会津では鶴ヶ城が有名だが、もう一つ、蘆名氏が築いた山城がある。鶴ヶ城から南南西6キロに位置する会津美里町の向羽黒山城(むかいはぐろやまじょう)だ。蘆名盛氏が足かけ8年をかけて永禄11(1568)年に完成させ、本城とした

 慶長5(1600)年、徳川家康が関ケ原合戦の前に会津征伐に向かった時、景勝が迎え撃とうとしたのがこの向羽黒山城だった。しかし、家康が引き返したため合戦は行われなかった

 標高は408メートルで、東西1.4キロ、南北1.5キロに及び、主曲輪(くるわ)、二曲輪、三曲輪を中心に山の地形を巧みに利用した要害。城跡は国指定の史跡だ。山城だけでなく城下町も形成され、三日町、六日町、高田町、本郷町など町屋の名称が残っている

 本郷エリアは東北最古の焼き物の里。「まちあるきマップ」には12軒の窯元が紹介され、瀬戸町通りにある会津本郷陶磁器会館では、各窯元の作品を展示している。作品は現代的で洗練されているが丈夫で、根底に質実さがある。

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