
国立劇場の5月の文楽公演の第三部『伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)』を観て来た。東京・三宅坂の国立劇場が現在、建て直しのために閉場中で、開場は北千住のシアター1010(センジュ)。駅からも近くアクセスがいいが、国立劇場で行われてきた浄瑠璃語りの字幕の表示がない。
太夫の浄瑠璃語りは、昔の言葉で少し分かりづらいので、ステージの左右の字幕で表示される。それを頼りに鑑賞してきた者としては、字幕なしは少し不安だった。
しかし案ずるより産むがやすし。実際、字幕なしで聞いてみると、かえって太夫の語りがすんなりと耳に入ってきた。
さらに、字幕を見なくていい分、目は人形の動きに集中することができた。
そうなると、これまで十分に気が付かなった浄瑠璃語りと人形遣いの一体感が、いかに見事になされているかをより一層感じ取ることができた。 三味線、浄瑠璃、人形遣いがまさに三位一体となっているのである。
国立劇場の建て替えに伴う、一種の不備によって、文楽の本来の鑑賞の仕方を知ることができたというべきか。主催者がそこまで考慮して、字幕なしにした、とは思えないが、そもそも文楽の世話物は難しい話ではない。
語りやセリフも古めかしいとはいえ、大阪の庶民の言葉。字幕表示がなくても大丈夫という考えはあったのだろう。
(晋)






