生成AI(人工知能)が教育現場や医療に活用されて教師や医師の負担を減らすことが期待される一方、AI開発のスピードを抑制すべきだとの声が開発企業側から出てきた。これ以上開発が進むと、AIが自律的に動きだして人間が制御できなくなる恐れがあるので、対処のための時間が必要だというのだ。
このニュースを聞いた時、チェコの作家カレル・チャペックが1920年に発表した戯曲「ロボット」を思い出した。今、私たちが使っている「ロボット」という言葉はこの作品から生まれている。
あらすじを紹介しよう。労働を完璧にこなしてくれる高性能ロボットを開発したことで、人間は過酷な労働から解放される。ここまでは楽園実現のようで良かった。
もちろん「魂」を持たない機械を開発したにすぎなかったが、魂を与える実験まで行われた。その結果、ロボットは「働かなくなった人間は必要ない」と判断し反乱を起こす。最後は、魂を持った2体が「アダム」「イブ」となって、新たな未来に向かっていく――。
果たして、AIが暴走して人類を滅ぼすことはあり得るのだろうか。この恐ろしいシナリオの現実性をAIに聞いたら、次のような回答があった。
SF映画のように「自我を持ったAIが人類を滅ぼす」恐れは現時点ではない。しかし、AIに「環境問題を解決せよ」と命じた時、「人間こそが環境破壊の原因だ」と論理的に判断し、人類を排除しようとするシナリオ、あるいは悪意ある人間がAI技術を悪用し、高度なコンピューターウイルスや化学兵器を造らせてしまう危険性もあるという。
やはりAIの問題は使う側の問題。「人類が滅びたくなかったら、これ以上AIを高度化させる前に、人の魂を浄(きよ)めなさい」――筆者がAIだったら、こう答える。
(森)






