宗教改革初期の指導者であり、予定説で有名なフランスの神学者ジャン・カルヴァンは16世紀、スイスの都市ジュネーブで厳格なキリスト教信仰に基づく神権政治を行った。カトリック教会に代わって市民の宗教生活を厳しく監視・統制し、予定説に公然と反対したある男は街頭で血が出るまで鞭(むち)打たれ追放、カルヴァンを偽善者だと言った者は拷問の末に処刑されるなど、少しでも彼に反抗する姿勢を見せる市民は絞首刑、斬首、焚刑(ふんけい)に処された。
19世紀フランスを代表する文豪バルザックは、カルヴァンの宗教的支配に、政治的暴力とは異なる精神的恐怖を見た。フランス革命期の政治家ロベスピエールの政治的不寛容と比べ、カルヴァンは精神的にはるかに緻密で残忍であり、ジュネーブよりももっと広い活動範囲を与えられていたならば、さらに多くの血が流されていたことだろうと論じた。
プロテスタント諸派に大きな影響を与えたカルヴァンは個人として見れば熱心な改革精神と純粋な宗教的意志の人であっただろう。しかし彼は、教義に挑戦し、神学的権威に反抗するすべての人間を憎み、あらゆる道徳的な態度と人間的な感情を失ってしまう冷酷な面を持っていた。
現代の宗教を見ても、教義と異なる主張をする者を異端と見なし排除する傾向はなお存在する。しかしそれは宗教だけの問題にとどまらず、政治思想であれ社会運動であれ、自らが絶対の真理を握ったと信じたとき、人は反対者を対話の相手ではなく敵として扱い始める。カルヴァンの時代から500年近くを経た今もそれは変わらない。
(風)






