「文学」と「文壇」は近い関係にあるが、両者は別物だ。文学は作品(もの)で、文壇は作者(人間)の集団だ。作品が現在も読まれている著名作家はいるが、作品が知られることもなく、作家の名前だけが残っている場合もある。
運の強さで残っている作家もいる一方、先輩、友人、編集者、学閥、地縁などのコネに頼ったものの、消えてしまうケースは多い。
あるところまではコネなどで何とかなることもある。しかし、有名な文学賞を受賞できるかとなると難しい。働き掛けられた先輩作家も、結局は自分が第一だから、損をしてまで力量の乏しい人物に加担することはしない。
ある件で作家にまずい扱いをしてしまった出版社が、別の機会に彼に賞を与えて、損得勘定を調整した話はたまにある。無論、公にはならないが、その種のやりとりが行われていたことが伝わってくることはある。出版社も人間社会の一つである以上、避けられない話だ。
複数の文芸評論家が文芸雑誌から追放されたことがある。突然その誌面から消えたのだから、どういう力が働いたかは分からないにしても、暗然としたことはある。
若い流行作家が、ゴルフ三昧の果てに「手抜き」と見なされて消えた話もある。意図して手抜きを行う作家はいないだろうから、結果として手抜き扱いされてしまった不運な例だったのかもしれない。編集部が手抜きと判断すれば、時には「アウト」となる。文壇も厳しい世界には違いない。






