先月中旬、弟の一周忌の法事のため里帰りした。四国の田舎町(今は町村合併でできた町の一地区)で、午前10時すぎに着いて旧中心通りを車で数百メートルほど移動したが、五月晴れのいい天気なのに、通りには人っ子一人いない。途中で、対向車2台と擦れ違っただけだった。
朝早ければ、通学する児童・生徒に会えるのにと思ったが、なんと、今年の小学校の新入生は14人、卒業生も20人に満たない。6学年を全て合わせた全校生徒が、90人もいないのだという。
今から60年くらい前になるが、筆者の小学生時代は1学年が100人ほどで、旧町内に他の小学校が何校もあった。それらの小学校は全て廃校となり、旧隣村の児童まで含めて1校にしても、その人数なのだ。廃小学校の周辺は、今は空き家が増えており、住んでいるのは高齢者ばかりだそうだ。
しかも最近は、保護者が車で送り迎えする児童が多いのだという。確かに、大人が忙しそうに動く朝の町を、児童・生徒がぞろぞろと通学していた筆者の時代と違い、中心通りでもがらんとした町の中を、子供1人で通学させるのは、今のご時世では保護者も不安になるだろう。
もちろん県全体としても人口減少が著しいが、それでも県庁所在地と県南の中心市では、筆者の時代より人口が増えている。人が家庭を持って暮らすためには、生活を支える仕事が必要だからだ。
国勢調査によると、2025年までの5年間で日本の人口は309万人も減ったのだという。「限界集落」や「消滅可能性自治体」という用語が肌で感じられる地方が増える中、それを再生させるためには、地域産業の核を明確にした新しい町づくりが早急に必要だ。そうでなければ、空き家の周辺を野生動物が徘徊(はいかい)する田舎の崩壊がどんどん進むだろう。(武)





