今年、米国で建国250年を迎えるに当たり、今月17日に首都ワシントンで大規模な祝祭が開かれた。トランプ大統領もこれを記念して250件の恩赦を検討していると伝えられる。7月4日が独立記念日だ

「建国250周年に向けた新たな誓い」と題するこの祝祭は、一般人からは大きな支持を受けたが、「政教分離を求める米国市民連合」は「キリスト教ナショナリズム」と批判したという(小紙5月23日付「対訳WT」)
米国の宗教は日本人には分かりにくい。憲法修正第1条に「国教の樹立を禁止する」とある一方、独立宣言では「すべての人間は神によって平等に造られ(略)一定の譲り渡すことのできない権利を与えられている」と国家の根拠を神に置く
米国の公的領域では至る所でこの表現を見聞きする。大統領の就任式では聖書に手を置いて宣誓し、裁判も「祈り」によって開廷する。紙幣と硬貨には「われら神を信ず」と記され、公的領域には神と聖書が組み込まれている
藤本龍児さんの『宗教のアメリカ』(岩波新書)によれば、「無宗教」という人も教会に所属していないという意味で、無神論者ではないという。「政教分離」という言葉も「政治と宗教の分離」ではなく、「国家と教会の分離」という意味だ
米国の国(こく)璽(じ)は、表に「多からなる一」とあり、裏に「時代の新しい秩序」「神はわれらの企てを支持した」とある。多様な信仰を認め、分裂させない在り方を示すものだ。





