世界的なアルペンクライマー山野井泰史(やすし)さんと妙子さん夫妻は、今、東伊豆の川奈に住んでいるが、それ以前、1992年から2020年までは東京の奥多摩に住んでいた。
2人がこの場所を選んだのは、周囲に山や岩場がたくさんあって、トレーニングができるからだった。越沢バットレスやつづら岩は良い訓練場所で、山にはランニングや早歩きで登り。体を鍛えた。
泰史さんは御前山(ごぜんやま)までランニングし、妙子さんは雲取山(くもとりやま)へよく登ったという。収入は本の印税や講演だけでは乏しく、アルバイトもよくした。イワタケ採りや富士山の強力(ごうりき)その他だ。妙子さんが御岳山(みたけさん)の宿坊で働いていた時は、バスもケーブルカーも使わず、御嶽(みたけ)駅から歩いて宿坊へ登り、帰りは時間があれば大岳山(おおだけさん)経由で、鋸山(のこぎりやま)、御前山と縦走して、栃折(とちおり)に下ったという。
海外の遠征費もためていたようだ。月の生活費は12~13万円。風呂は石油で沸かし、煮炊きは薪(まき)。家賃が2万5000円で、食事のおかずは近くの山で摘んだ山菜や筍(たけのこ)。つつましく質素で、自然に寄り添っていた。この仙人めいた生活がそのまま世界の高峰のヴァリエーションルートにつながっていた。
泰史さんには著書『垂直の記憶』(山と渓谷社)があり、妙子さんには登山ガイド柏澄子さんの書いた『凪(なぎ)の人 山野井妙子』(同)があって、スポンサーを持たずに、純粋に山が好きで、その情熱が人生を導いてきたことを伝えている。2人が山に向かった姿勢は多くの人に教訓を与え、人の生き方を考えさせる。
(岳)





