
よく晴れた初夏の先日、東京都青梅市にある吉川英治記念館に行く機会があった。気流子が最初に行ったのは1977年3月。開館した日にメディア関係者が招待された。取材のためだった。
その時とほとんど変わっていなかったが、庭園のシイやモミジの幹が太くなっていた。展示館内部や保存されている自宅の母屋を見て外に出ようとした時、入り口で新聞の小さな切り抜きを見つけた。
読売新聞(2023年6月1日付)で、文化部の真崎隆文さんの書いた「吉川英治 終戦と断筆」と題するもの。1935年から39年にかけて吉川が朝日新聞に連載した『宮本武蔵』に触れていた。
この小説は国民の心に寄り添った作品で、戦争へ向かう国民の気持ちを駆り立て、高揚させたという。何度も映画化されてきた。だが敗戦の影響は大きく、吉川は喪失感と葛藤から数年間筆を折ったという。
戦後、執筆を再開すると『宮本武蔵』を改訂した。国粋主義や軍国主義に通じる表現は削除し、別の表現に改めた。最初に発表された版と戦後改訂された版とでは、国家に言及した内容が別のものになった。
文芸評論家・小林秀雄もメディアから反省を強いられた。だが、小林は「悧巧(りこう)な奴はたんと反省するがよい。私は馬鹿だから反省なぞしない」と退けた。放言するつもりはなかったが、憲法の戦争放棄について、外国から強制された悲しみと苦痛を表現できずに、心乱れて放言になったと著書『感想』で告白している。





