トップコラム「こうのとりのゆりかご」の19年

「こうのとりのゆりかご」の19年

 熊本市の慈恵病院が日本で初めて「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を開設したのは2007年5月10日。その日の午後、3歳男児(宮津航一さん)が預けられた。当初は4例ほどだったが、他県の人の利用が増え、24年度までに193人の乳幼児を保護し育ててきた。その献身的な取り組みに頭が下がる。

 熊本市のこうのとりのゆりかご報告によると、24時間365日体制の無料電話相談に寄せられた件数は17年が7444件で過去最多。以降、減少傾向にあるとはいえ、年間3000件近い相談が寄せられている。約6割は妊娠・避妊に関する相談だという。

 昔は親戚の人が引き受け、親代わりで育てたが、現代は自分で育てられない子供を遠い所に密(ひそ)かに預ける。それでも同病院の存在を知って電話をかけてくる人はごく一部。現実は助けを求めてこない人が相当数いる。孤立社会の難しさを思う。

 各市区町村には妊娠から子育て期まで切れ目ない支援を行うこども家庭センターがあるが、匿名では行政の支援が受けられない。県外から同院を頼ってくるのは厳格に匿名性が担保されているからだが、民間病院の取り組みには限界がある。

 最初にこうのとりのゆりかごに預けられた宮津さん。テレビ熊本(TKU)の放映映像には里子として愛情豊かに育てられ、県内の大学を卒業後は子ども食堂や子ども大学くまもと、講演活動を通し、当事者として発信をし続ける姿があった。

 安易な育児放棄を助長するとの世間の批判を受けながらも結果的に多くの尊い命が救われた事実は大きい。「内密出産」を巡っては与野党で法整備の議論が進んでいる。子供が出自を知る権利、戸籍の問題など課題は多い。当事者の声に耳を傾けながら、議論を注視していきたい。

(光)

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