韓国の大人たちは、名前が分からない二十歳前後の若者を呼ぶ時、「ハクセン(学生)」という呼称を頻繁に使う。顔や風貌などを見て若者であると分かると、相手が学校に通っていない場合でも「ハクセン」だ。いつ頃から、なぜそう呼ぶようになったのかは分からないが、漠然と大学生だと思って呼ぶ場合が多いようだ。確かに巷(ちまた)には大学生があふれている。統計(2024年基準)によれば、大学進学率は73.6%に達する。4人に3人が大学へ行く時代だ。
先日、そんな大学生全盛期に一つの問い掛けをする大学教授の新聞コラムが目に留まった。タイトルは「子供たちはなぜ19歳に『心理的引退』を夢見るのか」。今年初め、米ラスベガスで開催された世界最大級のテクノロジー見本市で、韓国企業が革新賞の半分以上を受賞したが、それはより薄いテレビ、より精巧なポータブルディスプレーなどが評価されたのであって、アップルやグーグルのような「人類の知的生態系を揺るがす破壊的革新」は成し得なかったとコラムは指摘する。
その理由の一つとしてコラムは「高校生たちのエネルギーがひたすら大学入試と内申の点数という確定的保障に向けて投入される」結果、「人生の最も躍動的な時期に誤答を消去する方法ばかり学び」、大学受験の19歳(数え年)にいい大学に入ったとしても、それは「破壊的革新」に向かう道からは遠い「“安定”という名の引退」だというわけだ。大学合格至上主義の限界を高所から問題視したものだが、受験勉強に明け暮れる韓国の高校生たちを見ると、確かに「何か違う」と感じてしまう。(U)





