2026年は物理学者・朝永振一郎の生誕120周年、素粒子物理学を超精密の域に押し上げた「くりこみ理論」でノーベル物理学賞を受賞してから61年。昨年11月から今年1月にかけては京都府立図書館で記念展示「ノーベル賞受賞から60年 物理学者朝永振一郎と京都」も開催された。
朝永は1906年東京生まれ。京大卒業後、生涯の師となる理学博士の仁科芳雄の推挙で、朝永自身が「科学者の自由な楽園」と評した理化学研究所(理研)の研究員に着任した。仁科は科学技術立国日本の礎を築いた一人。人の出会いの妙だ。
朝永は戦時中、レーダーの基幹技術、マグネトロン(磁電管)の振動理論を完成させ、後に高エネルギー物理学研究所(現高エネルギー加速器研究機構)の設立に関わった。後進の育成にも大いに尽くした。
繊細な日本的感覚の持ち主だった。戦後の米プリンストンでの生活は苦労したらしく、物理学者・和達三樹の話では「『天国に島流しになったようだ』と弟子たちへの手紙で洩らされた」という。
理研は17年、実業家の渋沢らの建議で設けられたわが国唯一の自然科学の総合研究所。物理学、工学、化学、生物学、医科学などの分野で先導的な研究を行ってきた。
また複数の学問分野にまたがる学際的な研究を実施し、知的財産などの産業界への技術移転も積極的に進めている。今後の科学・産業の発展の方向を見据えると同様の研究機関の設立が必要だろう。





