
同志社と言えば、創始者の新島襄、その妻の八重、徳富蘇峰や海老名弾正など歴史に名を遺(のこ)す錚々(そうそう)たる人々が関わってきた。わが国のキリスト教、とりわけ日本基督教団の支柱の一つだろう。
気流子にはわずかながら縁がある。高校時代、同志社大学神学部の受験を考えたことがあるからだ。今は知らないが、当時は「牧師推薦書」が必要で、つてを頼って兵庫県尼崎市のとある教会を訪ねた。牧師は風邪を引いて寝込んでおられたが、ベッド脇でお会いできた。
その時の牧師の話が忘れられない。「教会の屋根に十字架があるだろう。あそこに赤旗を掲げたいと思っているのだ。キミは関心なさそうだから推薦書は書かない」。そう仰(おっしゃ)って布団の中に潜り込んでしまわれた。十字架と赤旗。何とも奇異な感を抱き受験を諦めた。
別の大学に進学後、京都市上京区にある同志社大の今出川キャンパスを訪ねた。当時は「70年安保闘争」の最中(さなか)で、「ゲバ字」(中国の簡体字など)のアジ看板が林立し、赤ヘルメットの学生がわが物顔で練り歩いていた。
沖縄県名護市の辺野古沖で同志社国際高校の女子生徒らが亡くなった抗議船転覆事故で十字架と赤旗の古い記憶がよみがえった。死亡した船長は日本基督教団の牧師で、名うての活動家だったからだ。
教団には少なからず「反戦牧師」がおり、反基地闘争を繰り広げていると聞く。組織的に奨励しているのか、「体質」なのか。高校時代からの奇異の感は深まるばかりだ。





