
秦秀雄(はたひでお)は、井伏鱒二(いぶせますじ)の小説『珍品堂主人』のモデルとなった美術評論家、骨董収集鑑定家だ。北大路魯山人(きたおおじろさんじん)がその審美眼に一目も二目も置き、星岡茶寮(さりょう)の支配人に引き立て、会報誌「星岡」の編集長を任せた。
秦は魯山人の横暴さや放漫経営に不満を抱く社員の中心に立って魯山人を解雇に追い込み、自らも騒動の責任を取って星岡茶寮を去る。こうして袂(たもと)を分かった両者だが、美に対する態度には共通するものがあった。
「陶説」編集長を務めた村山武著『やきもの紀行―物語・日本陶磁史』(廣済堂文庫)に秦の独自の審美眼をうかがわせる逸話が載っている。平安末期から室町時代にかけて作られ、その後、歴史から消えた「幻の古陶」珠洲(すず)焼についてのものだ。
珠洲焼の美しさに魅了された陶磁研究家の岡田宗叡(そうえい)が、その探索を始めていた頃、能登に住むS氏から、珠洲焼の面白いものがあるとの手紙を受け取る。しかし同封された写真が不鮮明だったためにそのままにしていた。
それからしばらくして、珍品堂の秦から「能登の壺(つぼ)を入手した」と電話があり、「あれだな」と思って、見せてもらいに行くと、まさにS氏が知らせてきた壺だった。そしてその壺は写真では分からなかった秋草文(あきくさもん)がいっぱいに線刻され見事なものだった。岡田は「しまった」と小声で呟(つぶや)かざるを得なかった。
この場合は、秦の審美眼より骨董商の直感が働いたのかもしれない。珠洲焼は昭和の戦後復活するが、2024年の地震で手痛い打撃を受ける。それでも作家たちは困難な中、作陶を続けている。(晋)





