トップコラム独裁者に翻弄される聖像画【上昇気流】

独裁者に翻弄される聖像画【上昇気流】

 ソ連時代末期にモスクワのトレチャコフ美術館を訪れたことがある。レーピンなど主にロシア近代画家の作品を収蔵する美術館だが、15世紀の伝説的画家アンドレイ・ルブリョフの「至聖三者」をはじめとした古いイコン(聖像画)も有名だった。

 しかし「至聖三者」は、2023年にプーチン大統領の命令でモスクワの救世主ハリストス大聖堂に移された。当時ロシアの独立系メディアは、ウクライナで苦戦するプーチン氏が「奇跡」を願って教会に移送させたのではないかと論評した。

 ロシア正教徒にとってイコンは信仰の核心と言ってもいい。第2次大戦でドイツ軍がモスクワ近郊まで攻め込んできた時、スターリンがイコンを飛行機に載せてモスクワ上空を旋回しドイツ軍を敗走させたと信じる人がいるという。

 救世主ハリストス大聖堂は、ナポレオンとの戦争に勝ったことを記念して建造された。後に無神論者のスターリンが爆破したが、ソ連崩壊後の00年に再建された。教会も激しい運命の変遷をたどっている。

 プーチン政権は、トレチャコフ美術館に残された2点のイコン「ウラジーミルの生神女」(12世紀)、「ドンの生神女」(14世紀)も今度、ロシア正教会に引き渡すと発表した。ウクライナ侵攻を支持した正教会に謝意を表明してのことというが、直面する困難も透けて見える。

 古いイコンの管理には美術館が最適だが、教会にあるのが本来の姿だろう。しかし、その動機があまりに政治的で不純である。

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