4月といえば入学式。特に小学校の新1年生は、そのデビューを象徴するランドセルを背負って登校する。真新しい教科書の匂いを嗅ぎ、これからの学校生活への期待に胸を膨らませる。
そんな新1年生だが、気流子の最も古い記憶が初登校日のランドセルだった。両親が買ってくれたのは青い色のそれだった。ところが、喜ぶどころか泣き喚いて「イヤだ」と道で寝転がって抵抗したのだ。
その理由は子供心に、皆と同じ黒色でなかったことだと思い出す。そんなことで、と今は思うが、その時は必死だったのだろう。ただ、その後どうなったかは記憶にない。諦めて青いランドセルで登校したのか。
1960年代初めは今もそうだがランドセルは高価で、きょうだいのお下がりが普通だった。長兄は長男だからとこれまた立派なランドセルだったが、兄と1学年下の姉などは「買ってもらえず、親戚からもらった安い好みの合わないもので泣きそうだった」と思い出して言う。
気流子はというと、そのすぐ上の姉とは5歳も年が離れ、それに末っ子ということもあったのだろう、新調という“特権”にあずかったわけだ。親としては奮発したつもりで珍しい青色を買ったのに、こんな予期せぬ反応にさぞかし慌てたろう。
皆と同じ色でないという、他人とは違うのをはばかる日本人的心象が既に芽生えていたのか。「親の心子知らず」といえばそれまでだが、孫の真新しいランドセル姿を見て懐かしむ。






