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信濃路の春

春爛漫の菜の花と千曲川
春爛漫の菜の花と千曲川

 春といえば信濃路(しなのじ)、信濃路といえば春を連想してしまう。まだ国鉄の時代、新宿駅から中央本線の特急列車で旅立つ二人を唄(うた)った流行歌が記憶に刻まれているからか、あるいは堀辰雄のエッセー『大和路・信濃路』や、『若菜集』『千曲川のスケッチ』など島崎藤村作品の影響か。

 『大和路・信濃路』は春に奈良と信濃を旅した際の様子を綴(つづ)った紀行文だ。奈良からの帰り道、春を告げる花として知られる馬酔木(あせび)を見るために立ち寄った木曽路で吹雪に遭ったり、汽車の窓から白い辛夷(こぶし)の花に春を探す様子などが描かれている。

 『若菜集』は主に春と秋を舞台に青春の喜びや哀(かな)しみを描いたロマン主義の代表的詩集。そのタイトルが示す通り、全体に春の訪れ、若々しい生命力、恋の目覚めが歌われている。「まだあげ初めし前髪の……」(「初恋」)は誰もが知る近代抒情(じょじょう)詩の最高傑作の一つだ。

 教師として信州小諸(こもろ)に赴任した藤村は、そこで過ごした1年間を『千曲川のスケッチ』として発表した。同作品には自然の風景や、そこに住む人々の暮らしが鮮やかに描写されている。「それまで堪(こら)えていたような梅が一時に開く。梅に続いてすぐ桜、桜から李(すもも)、杏(あんず)、茱萸(ぐみ)などの花が白く私達の周囲に咲き乱れる」「短いながらに深い春が私達の心を酔うようにさせる……」。美しい信濃路の春が目に浮かぶようである。(風)

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