全国で桜が開花し、春本番の到来に気分も身体も外に向かう。インバウンド(訪日客)の勢いも衰えず、地方でも複数の外国人グループにお目にかかる。今のところ、ペルシャ湾の危機はどこ吹く風か。
JR東日本の新幹線に乗ると「トランヴェール」という旅にまつわる車内サービス誌がある。その中で近世日本を動かした「三英傑」の旅の話を載せていた。松尾芭蕉、伊能忠敬、吉田松陰の東北の旅だ。
芭蕉は俳人として、忠敬は壮大な全国測量のために旅をしたことは知られているが、若き松陰が東北の長旅に出ていたことは意外だった。22歳の時、遊学していた江戸から出発して水戸、会津、新潟を経て秋田、青森、仙台を回るルートで江戸に戻る。
嘉永4(1851)年の旧暦12月から翌年4月の約4カ月に及ぶ、しかも通常は避ける冬の時期だ。東北からお伊勢参りなどをする旅人でも、農閑期に出発し田植え前に帰る。厳しい新潟、秋田の雪山を越えた松陰の血気盛んな人となりを改めて思う。
その松陰が秋田で足を早めたのは、男鹿半島沖に異国船が現れたとの情報を聞き付けたからだ。2年後、下田にペリー艦隊が再来航した際、乗り込もうとして果たせなかった松陰。その頃から海防に強い関心と危機感を抱いていたことが分かる。
後に松下村塾で塾生の指導に当たった松陰の思想形成に大きく寄与した旅だったのだろう。今とは違う「足」による旅の出会いは相当濃密だったに違いない。






