卒業式の光景は、小学校の時のことが一番印象に残っている。式後、担任の先生(女性のベテラン)が大泣きしていた。怖い先生だったので「あんなに怒っていた先生が泣くのか?」と思った記憶がある。
入学式にも関心がなかった。学校へ進学したとしても、期待はなさそうだし、可能性が開けてくることも考えにくい。学校は、心の中ではあらかじめ排除されているようだった。学校で世界が開けてくるのではないのであれば、可能性は一人で見つければいいと考えていた。
幼稚園を自主退園した体験がある。夏休みになって「幼稚園は義務教育ではない」ということを年長の仲間から聞いて「辞めてもいいんだ」と本気で思った。8月後半ごろに辞めることを決めた。
父親がはがきをヒラヒラさせて「このはがきをポストに入れたら、二度と幼稚園には戻れないぞ」と言ったが、幼稚園児本人が退園したいという以上、父親もそのまま投函(とうかん)するしかなかった。
小学校入学の時期がやって来ると、父親から「小学校は辞めることはできないぞ」と言われたが、そんなことは分かっているので、小学校はキチンと通った。中学校も同様だ。普通に卒業した。
そんなわけで、友達や先生と別れるとか、この学校には行かなくなるのか、といった感慨はなかった。桜が咲いていても散っていても「入学は入学」「卒業は卒業」という具合で、高校も大学も淡々とやり過ごした。「区切り」の感覚が乏しかったのだろう。






