
中山義秀の時代小説「春日」は、文政の末年、江戸に来て隅田堤の名所を巡り歩いた南部藩の侍たちの話だ。桜が終わった頃、のどかな気持ちで古跡を訪ね、植木職人の花作りの家にも入る。
田舎者の2人は遠慮なく、庭や花卉(かき)類を見て歩く。広い敷地に籬(まがき)を巡らし、庭には池を掘って趣向を凝らしている。大名や裕福な商家が造園に凝るので、彼らも数寄を見せる。2人の侍はその庭園も植木屋のものだと思って入った。
庭を眺めて歩き、花をめで、主人に接待まで受けて帰るのだ。だが、藩邸に戻って話をすると、そこは植木職人の家ではなく、大名や旗本から恐れられている将軍の寵臣(ちょうしん)の別邸だったと判明。
こうして物語が始まるが、文政の末年は13(1830~31)年。その2年前、本草学者・岩崎灌園(かんえん)は約2000種に上る植物図説『本草図譜』96巻を脱稿した。
江戸時代は園芸文化が花開いた時代。『本草図譜』にはツバキも江戸の花として紹介されて「羽衣」「唐糸」「唐獅子」など数々の絵が登場する。東京都調布市の都立神代植物公園では、ツバキの花が見ごろで、「椿ウィーク」を開催中。
ここの「つばき・さざんか園」は、江戸でもてはやされた美しいツバキが約120品種ある。発祥地は江戸の染井・駒込(現豊島区)で、明治以降、埼玉県安行村(現川口市)の皆川椿花園に移され、そこからこの植物園へやって来た。植物会館では「八千代寿ぐ江戸の華 つばき」も展示中。今月29日まで。






