
NHKの「歴史探偵」で「七支刀(しちしとう)と蛇行剣 『謎の4世紀』に挑む」が放送された。天理市の石上(いそのかみ)神宮に伝わる神宝「七支刀」と2022年、奈良市の富雄丸山(とみおまるやま)古墳で発見された長さ3㍍の「蛇行剣」の特集だ。
七支刀は、高句麗の圧迫に苦しむ百済(くだら)が“同盟”関係の強化のため倭王に贈った七つに枝分かれした剣である。昨年、奈良国立博物館がX線CTによる調査を行い、製造年が中国・東晋(とうしん)の年代で泰和(たいわ)4(369)年であることがほぼ確定された。番組では、韓国でも取材をし、ソウルの街に七支刀を象(かたど)ったモニュメントやデザインがあちこちで見られることも紹介していた。
かつて韓国では、七支刀の存在など、一般の人々にはほとんど知られていなかった。近年はそれを、百済が高度な鍛造(たんぞう)技術を持っていたことを示すものとして誇るようになったようだ。
番組では、七支刀が百済から倭(やまと)に贈られた背景について、369年ごろの東アジアの国際環境から説明していた。ほぼ妥当な説明だった。ただ奇異に思われたのは、『日本書紀』の神功(じんぐう)皇后紀の壬申(みずのえさる)年に百済から「七枝刀(ななつさやのたち)」が贈られたという記述があることに全く触れなかったことだ。
紀年の考証で、神功紀の壬申年は372年で、七支刀が作られた3年後で時期はピタリと一致する。日本の正史である『日本書紀』にこんな重要な記述があることをスルーするのは、「日本書紀」の記述を疑うことに熱心な左翼歴史家の影響が今も大きいことを示していると言えよう。
(晋)





