ある風景も位置を変えると違った景色に見える。生物学者で登山家の今西錦司は晩年、「風景派」を自認していた。登山の最高の喜びは風景を見ることにある、と。登山家が移動することで山々も姿を変える。
これは歴史も同じで、ある国の歴史を立場を変えて見ると別の国のように見える。中国・内モンゴル自治区出身の静岡大学教授、楊海英さんは『逆転の大中国史』(文藝春秋)でモンゴル民族の視点からの中国を見せてくれる。
日本で「中国4000年の歴史」ということが言われる。だが楊さんによれば、これは「中国人の天真爛漫な願望や空想」だ。中国という名称を楊さんが使うのは、中華民国が誕生した1912年以降のみ。
黄河文明は河南省周辺で起こったが、この古代文明は現在の中国とは文化的にも人種的にも断絶しているという。ユーラシア史の「漢文明」は中原のローカルな地域にとどまる。
隋・唐は鮮卑拓跋(せんぴたくばつ)系の遊牧民による王朝。元はモンゴル帝国の一部と考えてよく、清も満州人の王族によるシナ地域の統治。これら大帝国に共通するのは異民族による国際主義で、世界に開かれていたために栄えた。
「中国史」の大きな問題点は、漢民族が異民族の侵略にさらされ続けたと訴える「被害者史観」にあるという。近代以降は西洋列強と日本が「敵」に擬せられた。背景にあるのは中国が世界の中心だという「中華思想」だが、ルーツは古代の都市国家。古代が今も生きている。






