『古事記』では、イザナギとイザナミが最初に産み出した神を「大事忍男神(おおことおしおのかみ)」と名付けている。「大事を成し遂げる神」という意味である。その後、神が次々と産み出され35柱に至る。
『日本書紀』では、最初に産み出されるのは海の神で、次いで川、山、木、草の神へと続く。いずれにしても神代。は壮大な「産む」の歴史と言ってよい(『図解 古事記と日本書紀』ワン・パブリッシング)。
『旧約聖書』の「創世記」では、神はご自分にかたどって男と女を創造され、「産めよ、増えよ」と祝福された。人ばかりか、動物や魚にも「産めよ、増えよ」とおっしゃっている。生きとし生けるものへの等しき祝福であろう。
神代を思い浮かべたのは、国際女性デーの3月8日に朝日新聞が「『プレコン』 産ませる政策にしない」と題する社説を掲げ、その中で「女性は『母親予備軍』として生まれてくるものでも、将来の妊娠に備えて生きるものでもない」と断じていたからだ。
プレコンとはWHO(世界保健機関)が提唱する「プレコンセプションケア」(妊娠前の健康管理)のことで、高市早苗首相が先の施政方針演説で推進を唱えた。これに対して朝日は、少子化を理由に国や自治体が個人の生き方に介入するなと批判した。
朝日は「産めよ」を咎(とが)める妖怪なのか。男性は父親予備軍、女性は母親予備軍で何が悪いのか。将来の妊娠に備えて生きるのは忌むべきことなのか。神に聞いてみるがよい。







