
東北の詩人、宮沢賢治の「よだかの星」では、死に往(ゆ)く鳥のよだかは、にっこりほほ笑んでいた。アンデルセンの「マッチ売りの少女」も、ほっぺを真っ赤にしてほほ笑んでいた――。
映画「おくりびと」のモデルとなった納棺夫の青木新門さんは、よだかと少女を譬(たと)えに、死に往く人から、死の瞬間に自分の一生がよみがえり、育ててくれたみんなに「ありがとう」と言っておられることを教わったという。東日本大震災で遺体が見つからず苦悶する人々にそんなメッセージを送っている(福島民報2011年5月24日付)。
きょう、あの日から15回目の3月11日が巡ってきた。震災直後、被災地の新聞には連日、「身元が判明した方々」の氏名が市町村別に何行にもわたって報じられた。「仙台市若林区」の欄で知人の名前を見つけた時の衝撃は今も忘れられない。海岸に近い荒浜地区にお住まいだった。
「失われたおびただしい『いのち』への追悼と鎮魂こそ、私たち生き残った者にとって復興の起点である」。政府の復興構想会議の「復興への提言」は「悲惨のなかの希望」との副題を付けてそう記す(11年6月)。その「いのち」は一人とて忘れられてはなるまい。
津波に襲われた岩手、宮城、福島3県の沿岸36市町村のうち約半数の19市町が、死亡・行方不明者の氏名を刻んだ慰霊碑やモニュメントを設置している(共同通信2月27日)。「いのち」への追悼と鎮魂を未来へと引き継ぐ一日としたい。






