家の近くの緑道に植えられている大きなハクモクレンの木が一斉に花を咲かせた。この花が咲くと、2011年の東日本大震災を思い出す。15年前、花が満開だった頃、津波による甚大な被害が伝えられ、東京電力福島第1原発がどうなるかで日本中が緊張の中にあった。
毎年このハクモクレンが咲くと春の到来を実感し、浮き浮きした気持ちになった。しかし震災の時は、とてもそんな気持ちになれなかった。例年と変わらず美しい花を咲かせていることに違和感のようなものすら覚えた。
ある風景を見ると過去の記憶が一気に蘇(よみがえ)ることがある。風景と記憶は密接に繋(つな)がっているようだが、人間の記憶というのは曖昧だ。記憶違いがあるし、細かいことは忘れてしまう。
しかし、その時自分がどんな気持ちを味わったかは、はっきり覚えているものだ。感情の結構微妙なところまで意外と正確に記憶してい る。
NHKBSの「にっぽん縦断 こころ旅」に寄せられる視聴者の「こころの風景」を綴(つづ)った手紙なども、そのことを感じさせる。そういう点では、人間は何よりも情を中心とした存在であり、人生で最も貴重なのは心情的体験の記憶ではないかと思う。
人生の困難にぶつかっても、幼児期に両親、特に母親から愛された人はそれを克服する力があると言われる。愛 された記憶は子供の成長を支える土台である。東日本大震災で家族を失った遺族も、愛の記憶を支えに15年間を歩んできたに違いない。






