「聖上御断髪遊ばされ候」――。明治6年、明治天皇が断髪をされた。明治政府はその2年前に断髪令を発したが、一般庶民への浸透が進まず、明治天皇が自ら範を示される形となってから急速に広がりを見せたという。
政府は当時の不平等条約の改正を目指しており、断髪令は欧米に日本の近代化を示す目的があった。皇后(後の昭憲皇太后)も「国のためなら何でも致す」と洋装をされた。肌の露出に強い抵抗があった時代の御決断である。
日本の転換期に天皇の果たされた役割は大きい。明治天皇は全国を巡幸され、時には一般民家にも宿泊され、天皇と国民との身近な関係そして近代化の方向性を身をもって示された。
昭和天皇も敗戦直後に荒廃した国土を回られ、国民との会話・交流に努められた。それが復興の大きな原動力となったことは間違いない。以後も上皇陛下、天皇陛下はじめ皇室は慰霊や国民の慰労に尽くされている。
今でこそ天皇が国事に関わるのは形式で実質の政治関与はされない。が、党派を超え、国民の「象徴」としてのたたずまいがあってこそ、俗権に対する目に見えない威厳を常に保っておられるのではないか。
先の衆院選で自民党が圧勝し、単独過半数を得たことで「政権が思いのままに権力を乱用しかねない」などの「懸念」も聞かれる。しかし、日本国のためならなすべきことをなす。国民の負託に真摯(しんし)に応えることが、この転換期を乗り切る上で政権に求められよう。






