
佐藤賢一著『歴史小説のウソ』(ちくまプリマー新書)という本を読んだ。「歴史小説はウソばかり」という本かと思ったが全く違う。著者は1998年東北大学大学院文学研究科(西洋史)を退学、翌年直木賞を受賞した。研究者から歴史小説家への転身だ。
歴史を知るには文書が重要だ。とはいえ、公平な立場で書かれたとは言えないものもある。司馬遷の『史記』も相当程度主観が入っている。2000年以上も昔の著作からも、読者を楽しませようという気持ちがうかがえる。
幕末維新史最大の謎と呼ばれるのは、江戸幕府15代将軍・徳川慶喜の朝廷への恭順だ。有利だった中での降伏で、今も理由は不明。決断を記録した史料が存在しないからだ。
一般書・啓蒙(けいもう)書・入門書・歴史読物・歴史ノンフィクション・研究書・学術書・専門書など)が重要だ。
歴史小説も調べなければ書けない。その際、二次文献(
二次文献は一次文献を踏まえているが、いきなり一次文献(日記・手紙など)を読むのは誤読に陥るだけなので、一般読者はやめた方が無難と著者は言う。新しい一次文献に出合うこと自体が稀(まれ)だ。
「100年過ぎないと歴史にならない」とも言われる。ある人物についての本も、関係者が存命なら勝手に書くわけにはいかない。が、元寇(げんこう)を告発する人間はいない。それは「歴史になった」からだ。「歴史の時効」は、歴史学でも歴史小説でも付きまとう。歴史の面白味が伝わる本だ。






