
立憲民主党と公明党が「中道改革連合」という新たな政党を創った。何だか聞き覚えがある。手元の資料を繰ってみると、公明が第11回党大会(1973年)で発表した「中道革新連合政権構想」があった。
当時は「連合政権(政府)」が流行(はや)りだった。最初にぶち上げたのは 日本共産党で、革新自治体ブームを背景に「70年代の遅くない時期に民主連合政府を樹立する」と豪語した。これに遅れじと公明は「中道」を冠した構想を打ち出した。中道と言えば公明の代名詞だった。
立民の一部には新党の名称から旧民主党以来の「民主」を外すことに抵抗を感じる向きもあるようだが、「中道民主連合」とすれば共産の「民主連合」を彷彿(ほうふつ)させる。それに「民主」には「悪夢の政権」の負のイメージも残る。それで「改革」に鞍(くら)替え? こんな見方はうがち過ぎか。
中道は元来、仏教用語である。インターネットで調べてみると、右と左の真ん中といった意味ではない。それを言うのであれば「中庸」で、中道とは「その場でベストな選択をすること」を指すそうだ。
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それで合点がいった。落ち目の立民・公明にとっては生き残りへの「ベストな選択」というわけだ。もっともベストかどうか、判断を下すのは有権者だが。
衆院選は「政権選択」を問う。だから政策が最も重要だが、両党は初めに新党ありきで政策を後付けにした。これを世間では「野合」という。どう見ても中道(ベストな選択)とは思えない。






