トップコラム連合艦隊の「葬儀」【上昇気流】

連合艦隊の「葬儀」【上昇気流】

 「連合艦隊の葬儀」というと奇異な感じがする。無論、このような「葬儀」は今日に至るまでなかった。しかし、執り行うことを希望した人はいた。連合艦隊の艦艇410隻が沈んだ。航空機2万6000機が墜落した。40万9000人が斃(たお)れた。

連合艦隊だけで、これだけの被害を出した。戦後のベストセラー『連合艦隊の最後』(文芸春秋新社刊)の著者で軍事評論家の伊藤正徳(1962年没)が「葬儀」を望んだその人だ。

 だが、日本軍全体(陸海合計で500万人)が敗北したのだから「葬儀」を行うの。であ。。れば陸軍を含めるべきだとの意見もあるだろう。

 この話は、文芸春秋社で「週刊文春」や「文芸春秋」の編集長を経験した木俣正剛氏の著書『文春の流儀』(2021年/中央公論新社刊)の中に出てくる。戦後生まれの著者が、一ジャーナリストである伊藤という人物に興味を持ったからこそ「葬儀」の話を記述したに違いない。

 もう一つ印象に残るのは、ミッドウェー海戦(1942年6月)。南雲忠一(なぐも ちゅういち)機動部隊の参謀長草鹿龍。之介(71年没)によれば、爆弾と魚雷の換装に1時間を空費した。その結果、米軍機の爆弾によって空母「赤城」の甲板上の爆弾・魚雷が発火し、機動部隊は大敗した。

 草鹿の談話は、戦後「文芸春秋」に掲載された。この海戦の敗北は、結果として日米戦争全体の帰趨(きすう)を決めることとなった。端なくも、壇ノ浦の戦い(1185年)の悲哀が浮かんでくるようだ。

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