トップコラム日本人と馬の繋がり【上昇気流】

日本人と馬の繋がり【上昇気流】

木曽馬

 寿永2(1183)年7月、木曽義仲に率いられた源氏の騎馬武者たちは、颯爽(さっそう)と京の都に入って行った――。『平家物語』などから浮かぶ情景だが、実際に義仲らが乗っていた木曽馬は体高130㌢ほどのずんぐりした小型の馬。サラブレッドに跨(またが)って登場する映画やドラマとはかなり違っていた。

 長野県の木曽地域を中心に飼育されてきた日本在来の木曽馬は、山間地での耕作や運搬などで鍛えられた丈夫な馬で温厚な性格を持つ。戦後30頭にまで減るが、保護策によって今は全国で約140頭が分散飼育されている。

 日本人が実際に馬を見るのは競馬くらいになった。しかし、かつては貴重な労働力として身近な動物だった。

 その馬を日本人は家族の一員のように大切にしてきた。馬の産地として知られる東北地方では、母屋と厩(うまや)がL字型に繋(つな)がった南部の「曲り家」が有名だ。土間を挟-んで馬と人が一つの屋根の下で暮らす。そんな生活形態は世界でも珍しいだろう。

 東北では馬を育てることは大きな収入源であった。自然、人と馬との絆が生まれてくる。三橋美智也のヒット曲「達者でナ」(横井弘作詞、中野忠晴作曲)は、馬市に出すため、育ててきた栗毛の馬と別れを惜しむ歌。レコード発売が昭和35年だが、その頃はこの歌に歌われた飼い主の心がすんなりと人々に伝わったということだ。

 そんな日本人と馬の歴史を思うと、在来馬保護は文化遺産、精神遺産の保護であることに気が付く。

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