トップコラム不破哲三氏と「芳名録」【上昇気流】

不破哲三氏と「芳名録」【上昇気流】

記者会見する共産党の不破哲三前議長=2010年3月、国会内

 とある芳名録に日本共産党の前議長、不破哲三氏と並んで署名したことがある。もっとも同じ日時ではないが、マルクス没後100年(1983年)の記念で同年、英国を訪れた時の話である。

 首都ロンドンの玄関口の一つ、チャリング・クロス駅の近くにあるマルクス記念図書館を訪問した。あいにく休館日だったが、諦め切れずに戸を叩(たた)いて呼び鈴を鳴らすと、青年が顔を出し、記念品を買うことを条件に入館を許された。

 芳名録は図書館の2階の4畳半ほどの小さな部屋にあった。レーニンが02年にロンドンに来て、ここで「イスクラ」(火花)という革命新聞の原稿を、まさに火花を散らすように執筆し続けたという。

 「訪問者にはサインを頂いている」と青年が言う。「喜んで」と芳名録を手に取ると、日本人の名前が3人ほど並んでおり、筆頭に「不破哲三」とあった。気流子はその続きに名を連ねた。

 共産党は自己変革するチャンスが何度かあったが、不破氏がことごとく潰(つぶ)した。70年代半ばには田口富久治名古屋大学教授らが党内民主主義と複数政党制を容認する「開かれた党」への脱皮を提言したが、「解党主義」と指弾して顧みなかった。

 旧ソ連の崩壊後、欧州の共産党は少なからず党名を変えた。しかし不破氏は「共産党」に固執し、古びた革命理論を決して手放そうとしなかった。その意味で、今日の共産党退潮は不破氏の“賜物(たまもの)”である。昨年末に訃報が届き、一時代の終わりを感じた。

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