
2026年、丙午(ひのえうま)の年が明けた。十干(じっかん)(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)の3番目の丙と十二支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)の7番目の午が組み合わさった干支(えと)だが、通常は午年とだけ記憶する。
筆者も「何年(なにどし)生まれ?」と聞かれると、十二支の方だけ答え、干支までは知らない。甲乙丙丁は戦前の学業成績の分類との認識しかなく、大学に入るまで「戊(ぼ)」以下の読み方も順序も知らなかった。
唯一、干支を覚えている年がある。それは小学校の低学年だった60年前の丙午、1966年だ。当時、丙午生まれの女性は気性が激しく夫をダメにするという迷信がまことしやかに語られ、本当に出生数がガクンと減った。
政府の統計によると、出生数は前年の74・6%に減り、合計特殊出生率(15歳から49歳までの女性の出生率の合計)は1・58と、前年の2・14から急低下。少子化問題が注目される契機となった90年の「1・57ショック」は89年の出生率だから、1・58はとんでもなく低い数値だったわけだ。
十干は、森羅万象を陰陽の二気と木・火・土・金・水の五行で理解する陰陽五行説に基づき、木(き)の兄(え)(陽)、木の弟(と)(陰)、火(ひ)の兄、火の弟……とも読まれる。それで丙はひのえと呼ばれ、火と陽の気質を合わせ持つので、勢いが盛んな馬を表す午と相まって、丙午は陽の最も強い気質を持つと解される。
陰陽五行説の本家・中国には特に女性に当てた解釈はなく、日本でも、江戸時代にほれた男に会いたい一心で放火事件を起こした「八百屋お七」が1666年の丙午生まれだったことから、女性に当てた迷信が生まれたとする説が有力だ。
21世紀の最初の丙午、女性首相の率いる日本が、迷信を吹き飛ばすぐらい勢いが盛んな国となることを願ってやまない。
(武)






