当今の若者は「考察」を好む。三宅香帆さん(文芸評論家/31歳)の著書『考察する若者たち』(PHP新書/昨年11月刊)は、そんな話題を取り上げた本だ。考察は「正解」を解くゲームだと著者は言う。令和時代に入って以後の現象だ。平成時代は「批評の時代」だった。批評から考察へと時代が動いた。
考察を好む若者たちは「作者なんかどうでもいい」と言う。読者にとって面白ければいい。その上で、作者が目指した「正解」だけは明らかにしたい。それが考察だ。
読者である若者たちは、ゲームのように、作者が作品に設定したとされる「正解」を追究する。そんなパターンが流行している。
が、著者は、考察が若者の間で人気があることは認めながらも、疑問も提起している。「正解探し(考察)」に飽きてきたならば「批評」的な視点を持ち込むことも必要ではないかと言う。
世界は「正解」なんかないのではないかというのが著者の見解だ。一方、作者本人も理解していない問いを投げ掛けるのが「批評」だ。作品の解釈も「一つの正解」に留(とど)まるのではなく、読者によってそれぞれなのがまっとうな姿だ。
例えば、村上春樹さん本人に「この作品のテーマは?」と問い掛けても「正解」が見つかるわけもない。一言で説明できるなら、そもそも小説家は苦労して作品を書くはずがないのだ。今はやりの「正解」以外の何物かをもっと重視したいという著者の論点には説得力がある。






