
専守防衛。国会などの防衛論議でよく出てくる用語だ。読んで字のごとしで、もっぱら守りに徹する。日本が他国への攻撃的兵器や戦略を持たない“平和国家”であることを強調する際に、おまじないのように使われる。
だが、これは軍事上の専門用語でもなく、極めて政治的な打算の上に生まれたものだ。冷戦期に一部野党の防衛否定論に対し政府が国会対策上の必要から使用し始めた。対外的にも適当な訳語がなく困ったらしい。
昭和45年の『日本の防衛』(防衛白書)に「わが国の防衛は専守防衛を本旨とする」という記述で登場。これがいつの間にか“国是”のような扱いになってしまった。冷戦後、国際安全保障環境が厳しくなり、何度か見直し論が提起されてはきたが、そのたびに潰されてきた。
しかし、度重なる北朝鮮の弾道ミサイル発射実験や急速な中国の核ミサイル増強などで脅威が飛躍的に増大した。“攻撃してきたら受けて立つ”式の専守防衛による深刻な欠陥が浮き彫りになったのだ。
辛うじて「座して死を待つのが憲法の趣旨とは言えない」という憲法解釈もあって、ようやく反撃能力を持つ態勢が取られつつある。国民の理解が進んできたとも言える。
「専守防衛だからわが国は平和国家です」という論理は中国やロシアなどには通じない。彼らは“そんなはずはない”と軍事合理的に考える。日本としては「曲解」と言いたいが、その冷厳な現実は直視していかねばならない。






