今年物故した人物の一人にフランス哲学研究者の冨原眞弓さんがいる。聖心女子大学教授でシモーヌ・ヴェイユの研究者、スウェーデンの童話作家トーベ・ヤンソンの翻訳者。彼女に一度お会いしたことがあった。
聖心女子大学のキリスト教文化研究所に用事があって赴いたが、その部屋の前に立つと番号は合っているが名前の表示がない。少し変だと思ったが戸を叩(たた)き、「どうぞ」と返事があって入るとやはり間違い。そこは冨原先生の研究室だった。書棚の前に立って腕組みをしていた。
失礼を詫(わ)び、用件を話すと、先生はドアを開けて、「ご案内します」と言った。そこの所長をしていた時期もあったのだ。
話が弾んだ。筆者はヴェイユの愛読者で、冨原先生の『シモーヌ・ヴェイユ 力の寓話』を感動して読んだ経験があった。ヴェイユの業績はナチス・ドイツの分析から労働者体験、ホメロスや信仰問題についてまで幅広く、一貫した理解が困難な哲学者。過去、多くの研究者がこの難問にぶつかっていた。
冨原先生こそ、この本でこの難問に解答を下した研究者だった。キーワードは「力」。西洋文明の特質を「力」という概念で解き明かし、反対概念に「恩寵」や「信仰」を対比することでヴェイユ理解を示した。
共通の知人もいた。目当ての研究所の初代所長、筆者の尊敬する故・木間瀬精三教授。廊下をたどりつつ、もっと長い廊下であればと思った。
(岳)






