『風姿花伝』は、能の演劇形式を完成させた世阿弥がその核心を花に例えて論じた演劇論で、現代でも芸術家たちに愛読されている。書かれたのは15世紀前半で、世界最古級の演劇論だという。
文部科学省は、観世宗家に伝わるその3冊を、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」国際登録候補として推薦すると発表した。3冊のうち2冊は世阿弥直筆だそうだ。
その「第一」に登場するのが「年来稽古条々」。幼少から老年に至る各年齢に応じた稽古の在り方について論じている。大きな変化を迎えるのが44歳か45歳の頃で、役者の肉体的美しさが失われていく時期。
世阿弥は細かな演技はせずに内面の充実を図るよう強調している。そうした変化を踏まえて完成させたのが夢幻能で、演劇的表現を削(そ)ぎ落として抽象化し、「何も演技しないのが面白い」ところまで行ってしまう。
その晩年は不幸で、佐渡に配流され、そこで没した。そのため佐渡のあちこちにゆかりの地があり、能楽堂が35棟もあって愛好者が多い。かつて初夏にその能舞台を観(み)たことがあった。
新穂村(現新潟県佐渡市)の武井熊野神社で「西王母」という演目を中学生の少女が演じていた。観客は親族や村の人々。普段は学業や仕事の合間に練習し、時間のある時期に能を楽しんでいる。ここで世阿弥の足跡を調査した『世阿弥配流』の著者、磯部欣三(さんぞう)さんに話を聞くと「佐渡の農村風景は中世のもの」と教えてくれた。






