「歴史とは、現在と過去の間の尽きることのない対話である」とは、英国の歴史家E・H・カーの言葉だ。時代の変化や新史料の発見によって、歴史が書き換えられ人物評価が大きく変わることも少なくない。
NHKBSの「英雄たちの選択」で取り上げられた戦国時代の荒木村重もそんな一人だ。織田信長に謀反を起こし、家臣や妻子を見殺しにして自分は逃亡し命を長らえた「卑怯者」というのがこれまでの評価だった。しかし、最近発見された書状などから、村重が巻き返しのために行動していたことなどが分かり、見方が変わってきている。
なぜ評価が低かったかについて、天理大学教授、天野忠幸さんは、戦後に「信長は合理主義者で革新的な人間で、そんな信長についていかない人間は先の読めないダメなやつという見方があった」と述べていた。
天野さんは名指しこそしなかったが、この見方は明らかに司馬遼太郎が信長を描いた作品などに顕著な史観だ。村重が卑怯でダメな武将という印象を気流子が持ったのも、司馬の作品だった。
いわゆる司馬史観は、戦後日本の経済中心主義の中で企業家たちが社会の主役だった時代の価値観を背景にしていることはよく指摘される。司馬は、商人的価値観が強かった尾張出身の信長や豊臣秀吉が好きだった。
番組の最後に司会の磯田道史さんが、織田、豊臣、徳川の「織豊徳(しょくほうとく)史観」も克服する必要がある、と締め括(くく)っていたのが印象的だった。





